今日の朝日新聞社説-要約-

朝日新聞社説の要約です。忙しいあなたなら3分で読める今日の社説。受験生のあなたには要約のススメ。

裁判員

裁判員判決

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2009/8/7 朝日新聞        社説  裁判員判決


 「被告人を懲役15年に処する」。裁判員の参加した初の裁判が行われた東京地裁で、歴史的な判決が言い渡された。
 プロの法律家だけによるこれまでの裁判で積み重ねられた「量刑相場」に比べ、「懲役15年」をどう評価すべきか。評議の内容は非公開で、軽々には判断できないが、市井の人々が自らの感覚を生かして真剣に取り組んだ結果は重く受け止めるべきだろう。
 判決後、裁判員全員と補充裁判員1人が記者会見に応じた。裁判員経験者が自らの体験を社会に伝えることが、国民全体でその経験を共有することにつながるだけでなく、この制度を検証していく上でも不可欠だ。これから裁判員に選ばれる人々も積極的に体験を語ってもらいたい。
 全国の地裁で裁判員裁判は次々に開かれる。今回と違って被告が無罪を主張する事件など、裁判員にとっては難しく悩ましい裁判もあろう。しかし、制度の定着はこれからだ。試行錯誤を重ねつつ、制度を育てていきたい。

裁判員始動

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2009/8/4 朝日新聞      社説  裁判員始動


 昨日、市民が参加する裁判員裁判が始まった。
 裁判員の負担を減らすため、審理は集中して行われる。この裁判も4日連続で審理し、判決を言い渡す。
 これまでは公判の間隔を空け、裁判官は法廷外で調書を読み込んだ。しかし、裁判員が膨大な書面を読むことはできない。法廷で繰り広げられる証人尋問や被告への質問を見て、検察官による有罪の立証に合理的な疑いがないかを判断することに力点が置かれる。これは、自白調書に偏重してきたこれまでの裁判のあり方を変え、冤罪を減らす方向に働くであろう。
 そこで裁判員に求められるのは、日々変わりゆく社会に身を置き、虚々実々の世間を生きている庶民ならではの感覚だ。プロの裁判官が持ち得ないような視点こそが大切なのだ。
 この制度には、人々の間になお困惑や抵抗感もある。制度を定着させ、皆が共感できるようにするには、市民の感覚を判決に生かした実績と経験を着実に積み重ねていくことが必要だ。

裁判員スタート

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2009/5/20 朝日新聞     社説  裁判員スタート


 裁判員制度が、明日始まる。
 国家の権力を形作る立法、行政、司法の3権のうち、立法権と行政権は、国政選挙とその結果に基づく議院内閣制の下、国民の意思が反映される仕組みを培ってきた。しかし、ひとり司法だけ、プロが一貫して担ってきた。
 プロが行う裁判は安定性や一貫性を強みとする。だが、とくに90年代以降の経済社会の変化、犯罪の多様化が、逆にそうした裁判の閉鎖性、後進性を浮き彫りにした。そこで司法制度改革が始まり、重い犯罪を対象にする裁判員制度の導入はその太い柱である。
 では、この制度は国民にとってどんな意味を持つことになるのだろうか。
 刑罰は国家権力の行使そのものだ。犯罪を繰り返させない、責任に応じた罰とは。同じ社会を構成する個人として被告に公平無私に対するとは。そうしたことに対し、ありふれた生活者の視点を組み込む。これが意義の一つだ。
 またこれまでの裁判では、容疑者の自白にこだわり、それを記録した書面を重視する「調書裁判」と批判されてきた。これを、法廷での被告や証人の供述を中心とした形に改革する必要がある。国民の代表が裁判に直接参加し、プロをチェックする。これも裁判員制度の大きな意義だ。
 民主的な社会を一層成熟させるうえでも意味は大きい。公的な意思決定にかかわる体験が積み重なれば、みんなでこの社会をつくろうという意識を高める一助になろう。
 裁判員制度が始まれば、予想もしなかった問題も生じうる。3年後、必要に応じて制度を見直す機会が大事になろう。
 忘れてはならないのは、司法の改革を裁判員制度の枠にととどめてはならないということだ。国民の司法参加は、人権侵害や公害、法令や行政行為へのチェックを担う民事・行政訴訟でこそ発揮されるべきである。司法改革第2幕へとつなげたい。
 裁判への参加を、民主的な社会を支える自然な行為と考える世代を作り出すためにも、裁判員制度を失敗させてはならない。

裁判員

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2009/5/18 朝日新聞     社説  裁判員


 罪に問われた人を裁くとは、いったいどのようなことか。縁遠い体験を、次の裁判員になるかも知れない市民に伝えることは、国民の司法参加を進める上で欠かせない。
 21日始まる裁判員制度には重い守秘義務がある。確かに、裁判員や裁判官の意見がむやみに外部に漏れてしまっては、自由な評議は困難であろう。
 一方で、評議で自分が述べた意見は秘密に含まれるが、裁判が終わった後に自らの意思で公表することまで禁じるのは行きすぎではないか。主権者である国民には、裁判員制度の実態を知る権利がある。裁判の公正さが損なわれない限り、その権利が制約されてはならない。
 国民の知る権利を守る上で、もう一つ注文がある。裁判官と検察官、弁護士だけが集まって事前に争点と証拠を整理する公判前整理手続きの公開だ。現実は非公開であり、これでは法曹三者が自分たちで仕切っていると見られかねない。早急に公開に向け検討を進めてもらいたい。


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